隈本邦彦 (ライフサポート社, 2008)
以下は、看護実践の科学(7月号)に掲載予定の書評原稿です。
出版社の了解を得て、ブログに掲載します。
「事故」という文字を見るとつい身構えてしまうのだが、本書は率直に言って非常に読みやすく、しかも考える視点をたくさん与えてくれると感じた。読みやすいと感じた点は3つほどある。
まず、扱っている事例の種類が豊富だ。よく知られた事例から、あまり知られていないが知っておくべき事例まで盛りだくさんに掲載されている。裁判を傍聴したり、著者自らがインタビューに行ったりして取材され、再構成され事例が、コンパクトに時系列で表現されている。何が起きたのか、なぜ起きたのか。複雑な事象が、著者の手にかかると要点をついて伝わってくる。
次に、それらの事例についての解説にぶれがない。著者が冒頭で引用した論語の一節「過ちて改めざる、これを過ちという」(過ちを犯したこと自体よりもそれを反省しないで同じ過ちを犯すことが悪い)と、「過ちては即ち改まるに憚ることなかれ」(過ちを犯してしまったら、改めることに躊躇してはいけない)とにこめる思いが、本書の最初から最後まで貫かれている。
失敗や過ちを犯した個人を攻撃するのではなく、現象を引き起こした仕組みや背景を変えなければいけない。そして、私たちは失敗から学ばなければならない。こういったフレーズはよく耳にするのだが、ぶれることのない著者の姿勢からそれらが確かなものとして伝わってくる。本来、一つしかないはずの事実だが、何に注目するかによってその解釈も表現も異なってしまう。どのような切り口で物事をみるかが読み手を左右する。だから、大事だと思った視点を貫き通すことには信念が要る。本書では、そういうことを知り尽くした著者のジャーナリストとしての役割を果たさんとする意気込みが強く感じられるのだ。
最後に、随所に看護への愛情が感じられることを強調しておきたい。事故の被害に遭った患者や残された家族は、厳しい現実に向き合わなければならない。そのことへの配慮を十分に行いつつ、文章のトーンが、看護の仕事のへの深い思いやりに満ちている。
たとえば、カルテ改ざん等に対して看護師が勇気を持ってNOというために、「患者だけでなく看護師を守るためにも、そんな法律が必要だと思います」(P.72)という提案。自分の非を素直に認めた看護師に対し、「だから僕は反省している看護師は訴えませんでした」(P.26)という被害者家族の発言の引用。看護師が医師へ注意を促したのに誤投薬が起きた事故に対し、「さらには看護師からの疑問に耳を傾けようとしない医師には、どんな目立つ注意書きをしても、結局は無力でした」(P.177-178)という看護師の臨床能力を評価する記述。そういった箇所が随所に見られる。
看護師は国家資格を持つ専門職。自らの判断や行為に責任を持たねばならない。しかし、体制や歴史的背景から、本来負うべき責任以外のものを背負わなくてはならなかったり、看護師だけが責任を追ったりといった現実に対する注意が喚起されているのだ。医療者が、事故事例から何を学ぶべきかをまっすぐに突きつける良書だ。
(平成20年5月21日)